11月13日の日曜日、今年最後の「飯沢耕太郎と写真集を読む」が開催されました。
「写真集を読む」では、1人の写真家を取り上げたり、テーマを決めて写真集を読んだりと、毎月さまざまな切り口で写真集を味わっています。
1冊1冊の味わい方を教えてくれるのは、本の持ち主であり、写真評論家の飯沢さんです。(これまでの講座の様子はこちら)
今回のテーマは「アメリカと日本・『二つの眼』を持つ写真家、石元泰博を読む」。
「二つの眼」をキーワードに彼の生涯と写真集をたどっていきます。
特別ゲストとして、石元泰博の遺作を保存・管理している高知県立美術館 石元泰博フォトセンターの学芸員、影山千夏さんにお越しいただきました。
1921年、アメリカのサンフランシスコにて日系移民の両親のもとに生まれ、幼少期を日本で過ごした石元は、1939年、17歳で単身アメリカに渡ります。
戦時中、日系人収容所にて写真に興味を持ち、1948年にシカゴのインスティチュート・オブ・デザインに入学。ドイツのバウハウスの伝統を受け継ぐこの場所で、石元はモダニズム写真の基礎を学び、造形感覚を養っていきます。
その後、1953年から1958年までの約5年間は日本へ。シカゴと日本の写真を収めた『ある日ある所』(1958年)と京都の桂離宮を撮った『桂』(1960年)を発表します。
石元泰博の来日は日本写真にとって「黒船」でした。シカゴで身につけた造形的な美意識と、彼の血に流れる日本人としての美的感覚がこの2冊から見えてきます。
日本での経験を踏まえ、石元は再びシカゴに渡ります。3年のあいだに撮りためた写真をまとめたのが石元泰博の代表作『シカゴ、シカゴ』(1969年)です。
飯沢さんはこの本について「一つの都市のあり方を多元的に見直し、構築した写真による都市論」と語りました。そしてその構築の仕方には迷いや揺らぎがなく、自信に満ちています。
他にも石元は『伝真言院両界曼荼羅』(1988年)、『色とかたち』(2003年)などジャンルにとらわれない作品を発表していきます。
モダニズム写真を基礎に“かたち”を捉えてきた彼が晩年になって打ち込んだのは形のないもの、形が変わるものを撮ることでした。その取り組みをまとめたのが『刻(とき)』(2004年)という写真集です。
『刻』に収められているのは、形のない雲、潰れた空き缶、東京の水っぽい雪についた足跡など、シャッターを切った後に消えてなくなってしまうものばかりです。影山さんは彼から「形のないものを撮りたかった」と聞いたと話してくださりました。
その後に発表した『シブヤ、シブヤ』(2007年)は言うまでもなく『シカゴ、シカゴ』のタイトルにかけられており、80代になってもなお、新しいチャレンジを続ける意欲に溢れています。
2012年に亡くなった石元泰博ですが、2009年には病気で片方の目にアメリカ人の角膜を移植をしており、比喩ではなく本当にアメリカと日本、「二つの眼」を手に入れた写真家でした。
影山さんは「頑固であり、しなやかな人」と生前の思い出をお話ししてくれました。高知県立美術館には3万4千点を超えるプリントと15万シートものネガが所蔵されているとのこと。2021年の生誕100周年に向けて石元泰博の作品を広めていきたいと仰っていました。
次回の「写真集を読む」は来年の1月になります。
ラテン・
イベントの詳細は後日、当サイトやFacebookにてお知らせいたします。お楽しみに。
写真/文 館野帆乃花
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