カテゴリー別アーカイブ: 写真集を読む 

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.21 肖像写真集を読む/ナダールとザンダーを中心に」講座レポ

 

「なぜ人は人を撮り、写真に残そうとするのか」

4月16日に開かれた、月に1度の連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」は、そんな問いを出発点に“肖像写真”について見ていきました。
(これまでの講座の様子はこちら

めぐたまにずらりと並ぶ5000冊以上の写真集から、本の持ち主、飯沢さんが選んだのは19世紀にポートレート様式を確立したナダールと、20世紀にその時代に生きる人々の姿を残そうとしたアウグスト・ザンダーの2人の写真集です。

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写真が発明される以前は画家に自分の肖像画を描いてもらうことだけが、自分の姿を残す手段でした。お金も時間もかかる肖像画を描かせることができたのは王族や貴族など特権階級の人々に限られ、肖像画は権威の象徴であったと言えます。

19世紀になり、写真の登場によって新しい肖像画のスタイルが確立します。
飯沢さんはこの新しいスタイルを「牛丼」に例え、写真は肖像画に比べて「安い・早い・うまい(正確な描写)」と説明します。19世紀の産業革命とともに、写真館が次々と登場し、肖像写真は瞬く間に中流階級の人々の間で広まっていきました。

安価で手軽な肖像写真が普及すると、人々は写真に写る自分の姿に個性を求めるようになります。19世紀、古典的な肖像写真の様式を確立したのがフランスの写真家ナダールです。元々、風刺画家だったナダールは写真の時代を感じ、1854年にスタジオを開設。顔に表れる内面性やその人のもつ雰囲気をライティングやポーズによって引き出し、演出する方法を模索しました。

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ナダールの確立した様式は、肖像画のスタイルを踏襲するものであり、20世紀になると肖像写真に限らず、絵画的な写真を否定する動きが見られるようになります。

そのきっかけとなったのが第一次世界大戦であり、写真はありのままの現実を写すべきではないのかという問いが肖像写真にも向けられるようになりました。

その問いを問い続け、「20世紀の人間たち」を余すところなく写真に残そうとしたのがドイツの写真家、アウグスト・ザンダーです。

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彼は20世紀に生きる人々を職業や社会的な立場によって分類し、あらゆる立場の人々を対等に写真に収めようとします。ザンダーの写真はその人の身なりやその人のいる場所、表情、しぐさを捉え、1人の人生が1枚の写真によって語られています。

そしてその写真は職業や社会的な立場で分類されることによって、固有の物語ではなくなり、人間の有り様として私たちに「人間とは何か?」と語りかけてきます。

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ナダールとザンダー、19世紀と20世紀を代表する2人の写真家の肖像写真から、自分の姿を残したいという人々の変わらない欲求と、時代によって変化し広がっていく肖像写真の可能性を見ていきました。

次回のテーマは「ヌード写真」です。こちらも写真を通して人間の姿や欲求、なぜ写真を撮るのかを一緒に考えていく時間になりそうです。

次回もたくさんの方々のご参加、お待ちしております!

【次回講座のごあんない】

飯沢耕太郎と写真集を読むvol.22 「ヌード写真集を読む」

5月15日(日)

10:00~11:30

2500円(三年番茶付き) 学生割引 1500円(三年番茶付き)

定員 15名

場所 めぐたま

* お申し込み megutamatokyo@gmail.com

*たまにメールが届かないことがあります。3日以内に返信がない場合、お手数ですが再度メールくださいませ。

*前日、当日のキャンセルは準備の都合がありますので、キャンセル料をいただきます。

*飯沢さんと一緒にランチを食べる方は事前にお申し込みいただけると嬉しいです。(休日ランチ1500円)

 

写真/文 館野帆乃花

 

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.20 植田正治2」講座レポ

 

3月5日に開かれた、月に1度の連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」。
20回目となる今回は、前回に続き植田正治さんを取りあげました。
(前回のレポートはこちら

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めぐたまの写真集の持ち主、飯沢さんのお話を聞きながら、植田正治の写真集をじっくりと見ていきます。
今回も、植田正治事務所の増谷寛さんをゲストにお迎えしました。

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植田正治の写真集で注目したいのが、本につけられた題名です。植田がつけた題名はどれも、心にすっと入ってくるような飾り気のない美しさがあります。

山陰地方の子ども達を写した『童暦(わらべごよみ)』(1971年)、雑誌『カメラ毎日』で1974年から1985年の12年間にわたり連載された「小さい伝記」は、地域に根付く風土と、そこに住まう人々の“何てことのない姿”に目を向けていく植田正治の姿勢が、その題名によく表されています。

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また、シリーズ作「風景の光景」(1970〜80年)やヨーロッパを訪れて撮った写真をまとめた『音のない記憶』(1974年)といった題名からは写真を撮ることを「写真する」と表現した植田の哲学的な一面も感じさせます。

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そしてその題名の元にまとめられた写真たちは、これもまた“何てことのない姿”のように見えて、植田ならではの、間のとり方、シルエットのあり方、瞬間の捉え方、が存在しています。それは、人や物の配置にこだわった演出と構図、現像時のさまざまな技法を駆使した写真加工によるものであり、飯沢さんが「1冊に1つのドラマがある」と言ったのもうなずけます。

2000年に亡くなる直前まで、意欲的に写真を撮り続けた植田正治。写真集の数々から、小さくてさりげない物にも目を凝らし、「写真する」喜びが伝わってきました。

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次回は、1人の写真家を取りあげるのではなく、「肖像写真集」をテーマにさまざまな写真集を紹介していきます。
来月もたくさんのご参加お待ちしております。

 

【次回講座のごあんない】

飯沢耕太郎と写真集を読むvol.21

肖像写真集を読む/ナダールとザンダーを中心に

4月16日(土)

10:00~11:30

2500円(三年番茶付き) 学生割引 1500円(三年番茶付き)

定員 15名

場所 めぐたま

* お申し込み megutamatokyo@gmail.com

*たまにメールが届かないことがあります。3日以内に返信がない場合、お手数ですが再度メールくださいませ。

*前日、当日のキャンセルは準備の都合がありますので、キャンセル料をいただきます。

*飯沢さんと一緒にランチを食べる方は事前にお申し込みいただけると嬉しいです。(休日ランチ1500円)

 

写真/文 館野帆乃花

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.19 植田正治」講座レポ

 

1月17日の日曜日に今年最初の「飯沢耕太郎と写真集を読む」が開催されました。

今回で19回目となる「飯沢耕太郎と写真集を読む」は2014年2月にめぐたまがオープンして以来、たまにお休みしながらも月に1度開催してきた連続講座です。

この講座では、めぐたまの写真集の持ち主である飯沢さんが“写真集の味わい”についてお話していきます。(これまでの講座の様子はこちら

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今回は、『shōji ueda』がフランスの出版社Chose Communeから発表されたのを記念して、植田正治さんを取りあげました。

『shōji ueda』の日本での販売を担当している濱中敦史さん(twelevebooks)と植田正治のお孫さんである増谷寛さん(植田正治事務所)をゲストにお迎えし、お二方のお話も伺っていきます。

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植田正治は1913年、鳥取県西伯郡境町(現・境港市)に生まれます。
植田が写真に興味を持ち始めた1920〜1930年代は、アマチュア写真家たちが「芸術写真」や「ピクトリアリズム」と呼ばれる絵画的な構図とプリント技法をこらした写真を探求した時代から、「新興写真」と呼ばれる絵画から独立した、写真としての芸術表現を追求する時代へと移り変わる瞬間でもありました。

芸術写真を追い求めていた日本に黒船のごとくやって来た「ドイツ国際移動写真展」(1931年)は時代の移り変わりを象徴する展覧会でした。

植田は展覧会は見ていませんが、父に買ってもらった『MODERN PHOTOGRAPHY』(1931年)で欧米の写真に触れ、この出会いは当時18歳だった植田が本格的に写真に取り組むきっかけになりました。

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植田正治が今でも一目置かれる存在であるのは、新興写真に影響を受けながらも芸術写真を追求し続けたところにあります。
砂丘を舞台に家族や子ども達を写した「少女四態」や「パパとママとコドモたち」は植田の代表作品です。

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鳥取の平坦な土地や低い雲が、植田独特の空間意識につながっていると、飯沢さんやお孫さんで植田正治をよく知る増谷さんが解説してくれました。

空間的なスケール感と構図の面白さは、アメリカやヨーロッパでも「Ueda-cho(植田調)」という言葉が浸透するほど。
この度、フランスの出版社で彼の写真集が刊行されたのも、海外での評価の高さを示しています。

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日本での販売を担当している濱中さんから、フランスの出版社Chose Communeが、これまでの植田正治のイメージに縛られない自由な視点で写真をセレクトしていることや、これまで発表されていなかった写真も収められていることも聞くことができました。

飯沢さんも「『こんなのあったんだ』という驚きがありました。植田正治というと日本では砂丘の印象が強いですがこの本には砂丘を舞台にした写真がほとんどない。フランスと日本の見方の違いというか、誰も知らなかった植田の一面が見られますね」とこれまでの植田正治の写真集の中でも画期的な一冊だと評価しています。

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今回は、植田正治のプロフィールと新刊『shōji ueda』について、じっくりとお話を聞くことができました。

次回は紹介しきれなかった写真集を1つ1つ見ながら、植田正治の作品を読み解いていきます。

たくさんの方にご参加いただきキャンセル待ちのお客さまもいらしたほど、人気の写真家さんなのでご予約はお早めに。

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【次回講座のごあんない】

飯沢耕太郎と写真集を読むvol.20 植田正治2

2016年3月5日(土)

10:00~11:30

料金 2500円(三年番茶付き)

学生割引 1500円(三年番茶付き)

定員 20名

場所 めぐたま

* お申し込み megutamatokyo@gmail.com

*たまにメールが届かないことがあります。3日以内に返信がない場合、お手数ですが再度メールくださいませ。

*前日、当日のキャンセルは準備の都合がありますので、キャンセル料をいただきます。キャンセルまちのお客さまもいらっしゃるので、キャンセルの場合は必ずご連絡ください。

*講座のあと飯沢さんと一緒にランチを召し上がることもできます。(休日ランチ1500円)

 

写真/文 館野帆乃花

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.18 石内都」講座レポ

 

5000冊もの写真集からお気に入りを手にとり、美味しいごはんと写真集を味わう。
めぐたまは「写真の楽しさをおいしく味わえる」場所です。

11月22日の日曜日、今年最後の「飯沢耕太郎と写真集を読む」が開催されました。
写真集の持ち主である飯沢さんが“写真集の味わい”についてお話しするこの講座も、今回で18回目になります。(これまでの講座の様子はこちら

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この日取りあげた写真家は、石内都さん。
1947年に群馬県で生まれ、1979年には女性で初めて木村伊兵衛写真賞を受賞しています。
今となっては女性の写真家は珍しくありませんが、被写体に対して、時に強い感情をぶつけ、時には大きな受容性を持って捉える彼女は、男ばかりの世界で一目置かれる存在でした。

美大生の頃、染色をしていた彼女は「私にもやれそう」と我流で暗室作業を習得したそうです。
染料を使って布を染めていくように、薬品を使って印画紙に像を定着させていくことに魅せられた初期の作品は、強いコントラストとくっきりと浮かび上がる粒子が特徴的です。

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「石内都」は本名ではなく、母の旧姓。
母の名前で活動しながらもその関係は複雑で、母とはなかなか心が通い合わず、1979年に刊行された『絶唱・横須賀ストーリー』は、幼少期に過ごした横須賀を、強い主観的な感情をぶつけるように写しています。

一方で1981年の『Endless Night 2001 連夜の街―石内都写真集』では、日本全国のかつて遊郭として賑わった街をめぐり、寂れた建物のディテールを丁寧にそして客観的に捉えました。

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主観と客観。対極的な『絶唱・横須賀ストーリー』と『Endless Night 2001 連夜の街』に共通するのは、過去の痕跡を捉えていく姿勢。
それは、『1・9・4・7』(1990年)へと通じていきます。
『1・9・4・7』は彼女と同じ「1947年生まれの女性」の手と足をクローズアップで捉えた写真集です。
一人一人の皮膚に刻まれた歴史を受け止めるように、1枚1枚を丁寧に写しています。

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その後の写真集『1906・to the skin』(1994年)『さわる―Chromosome XY』(1995年)では人の皮膚に関心を強めますが、新たな転機となったのが『Mother’s』(2002年)でした。
彼女は、やっとわだかまりが解けてきた頃に亡くなってしまった母親の下着や口紅、靴などの遺品を「残された皮膚」として、写真に収めていきました。
『Mother’s』の写真は2005年のヴェネツィア・ビエンナーレで展示され、国際的な評価が高まり、石内都は新たな飛躍を遂げます。

その後、広島市現代美術館の依頼で、原爆の被爆者の衣服を撮影した『ひろしま』(2008年)でも『Mother’s』のように、布の物質的な存在感を超え、かつていた、今はもういない存在のただよう気配を感じさせます。

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最近では、メキシコの女性画家フリー・ダカーロの遺品をめぐる旅がドキュメンタリー映画になるなど、ますます注目を集める石内都。
1つの写真集が次の作品へとつながっていき、その跡を追っていくことで石内さんの写真をより深く味わえることが、飯沢さんのお話から伝わってきました。

次回は来年、1月17日(日)を予定しております。
テーマは植田正治について。
来年もたくさんのご参加をお待ちしております。

【次回講座のごあんない】
飯沢耕太郎と写真集を読むvol.19 植田正治
2016年1月17日(日)
10:00~11:30
料金 2500円(三年番茶付き)
学生割引 1500円(三年番茶付き)
定員 15名
場所 めぐたま
* お申し込み megutamatokyo@gmail.com
*たまにメールが届かないことがあります。3日以内に返信がない場合、お手数ですが再度メールくださいませ。
*前日、当日のキャンセルは準備の都合がありますので、キャンセル料をいただきます。キャンセルまちのお客様もいるので、キャンセルの場合は必ずご連絡ください。

*講座のあと飯沢さんと一緒にランチを召し上がることもできます。(休日ランチ1500円)

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写真/文 館野帆乃花

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.17 中平卓馬」講座レポ

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月に一度の連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」。
講座では写真評論家の飯沢さんの解説を聞きながら貴重な写真集をみる事ができます。
今回はいつも以上にたくさんの方にご参加いただきました。
(これまでの講座の様子はこちら

今回のテーマは、先月帰らぬ人となった写真家・中平卓馬について。
森山大道と同じ1938年生まれの日本を代表する写真家であり『なぜ、植物図鑑か―中平卓馬映像論集』(1980年)などの著書を残した言葉の人でした。

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60年安保の激動の時代に大学生活送った中平は、卒業後、雑誌『現代の眼』の編集者となります。編集者として寺山修司と東松照明とともに仕事をした彼は、裏方ではなく表現する側に惹かれ「詩人になるか、写真家になるか」の二択の末、写真家の道を選びました。

1968〜1969年には『PROVOKE(プロヴォーク)』に参加。雑誌は3号で休刊されましたが、多木浩二、中平卓馬、高梨豊、岡田隆彦、森山大道といったその後の日本写真を担う人々の同人誌として、今も尚語り継がれています。
モノクロで粒子が粗くピントの定まらない「アレ・ブレ・ボケ」といわれる写真表現は不穏な時代状況を捉え、1970年に発表された『来るべき言葉のために』はまだ言葉にもならぬ身体に刻みこまれた呻き声のように、観るものにその時代の空気を伝えています。

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1971年にはパリ青年ビエンナーレに出展します。その日に目にしたものを写真に残し、現像後、印画紙も乾かぬうちに展示していく「サーキュレーション・日付・場所・行為」というパフォーマンスを行いました。
この頃から中平の写真論は叙情性を一切排除し、そこにあるものをただ写す「写真=記録」の行為であるべきとの考えを強めていきました。
1980年の映像論集『なぜ植物図鑑か』では、自身の「アレ・ブレ・ボケ」の写真を否定し、目の前の物を一切の主観なしに物として捉えることこそ写真の役割であると主張します。

しかし、自身が確立した思想と写真を撮るという身体表現の溝に苦しみ、言葉と写真は乖離していきました。その溝を埋めるように、酒とクスリに溺れていき1977年、遂に急性アルコール中毒によって記憶を失ってしまいます。

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その後、徐々に体力も記憶も回復し『新たなる凝視』(1983年)、『Adieu à X』(1989年)の2冊の写真集を発表します。2003年には横浜美術館で回顧展を開催。展覧会カタログとして『原点復帰——横浜』を編みました。一度、記憶を失った中平が撮る写真は、カラーでピントがしっかりとあった「アレ・ブレ・ボケ」とは対極の写真。初めてカメラを手にしたかのような瑞々しさを感じさせるその写真は、かつての中平が確立できなかった「植物図鑑」を成し得たかのようにも見えます。

飯沢さんは中平卓馬を「写真の全てを体験した、写真の世界の守護天使のような人」と故人への思いを語りました。

次回は、11月22日(日)を予定しています。
来月のテーマについては、後日こちらのブログで告知があるかと思いますので、皆さま奮ってご参加ください。

写真/文 館野 帆乃花

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.16 深瀬昌久」講座レポ

 

秋の気配を感じるようになってきた9月6日の日曜日。

連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」が開催されました。

めぐたまで自由に手に取ることのできる5000冊もの写真集。

「写真の味わい方を知ってほしい。」と、続けて来たこのイベントも今回で16回目です。(いままでの様子はこちら。)

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この日のテーマは写真家・深瀬昌久の生涯と写真について。

飯沢さんは深瀬昌久を「生きること」と「写真を撮ること」の結びつきが異様なまでに強い写真家だと言います。

1934年、北海道美深町にて写真館の息子として生まれた深瀬。

幼少期から「写真」が身近にあった彼にとって写真を撮ることは宿命であり、ある種の縛りでもありました。

被写体に「自分」を投影するかのようにカメラを向けた『遊戯』(1971年)、『洋子』(1978年)、『鴉』(1986年)、『家族』(1991年)、『父の記憶』(1991年)を見ていきます。

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妻・洋子との別れと、家族の死を経た深瀬は、被写体としての他者も失い「自分」にカメラを向けるようになります。それが、「ブクブク」や「私景」のシリーズです。

1992年の事故によって突如として写真を撮ることができなくなり、療養施設を転々とし2012年に亡くなりました。

「自分とは何か」という問いを極限まで追い続けた彼の写真には、刃の上を渡り歩くような危うさと凄みがあると飯沢さんは語ります。

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特別ゲストに深瀬昌久アーカイブスのトモ・コスガさんをお迎えし、生前最後の写真展となったニコンサロンの展示風景やオリジナルプリントをみせて頂きました。

彼の死後、深瀬昌久アーカイブスの活躍もあり、国内外で写真家・深瀬昌久への注目が集まっています。

トモ・コスガさんは講座の最後に「若い人にもみてほしい」と思いを語ってくれました。

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トモ・コスガさん、そしてご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!

 

【次回のごあんない】

飯沢耕太郎と写真集を読む! Vol.17 中平卓馬

10月18日(日)

10:00~11:30

料金 2500円(三年番茶付き)

学生割引 1500円(三年番茶付き)

定員 15名

場所 めぐたま

* お申し込み megutamatokyo@gmail.com

*たまにメールが届かないことがあります。3日以内に返信がない場合、お手数ですが再度メールくださいませ。

*前日、当日のキャンセルは準備の都合がありますので、キャンセル料をいただきます。

皆さま奮ってご参加ください。

 

写真/文 館野 帆乃花

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.15 森山大道2 『森山大道の再起』」講座レポ

長い梅雨が明け、日差しが強くなった7月19 日の日曜日。

月に一度の連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」が開催されました。

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めぐたまで自由に読むことのできる写真集の「味わい方」を、本の持ち主である飯沢さんが教えてくれるこの講座。

15回となる今回は前回に引き継ぎ、写真家・森山大道の写真集をじっくり読んでいきます。(今までの講座の様子はこちら

 

前回はデビュー作『にっぽん劇場写真帖』(1968年)など、森山大道のスタイルが確立し、世に知れ渡ったころの作品を見ていきました。

そのタイトルからも、葛藤が伺える『写真よさようなら』(1972年)という写真集を発表したころから森山大道は大スランプの時代を迎えます。

今回はスランプ時代の先、そして現在までの軌跡を追っていきました。

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写真とは何か。写真を撮る自分は何者なのか。という問いの前に精神的にも体力的にも力を失ってしまった森山ですが、彼を再び奮い立たせたのも、写真でした。

1981年から刊行された雑誌『写真時代』で発表した「光と影」という連載で原点回帰し、力強さを取り戻します。

その後、関西を拠点に活動した写真家・安井仲治へのオマージュ『仲治への旅』(1987年)や300ページの大型写真集を93年94年97年の三度に渡って発表した大作『Daido hysteric』シリーズなどを手がけていきました。

「電柱と電柱の間で1冊の写真集ができる」

この言葉は、飯沢さんがよく取りあげる森山大道の言葉ですが、スナップにこだわり続ける彼のスタイルとイメージを自由自在に操ることのできる自信がにじみ出ているようです。

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森山が勢いを取り戻した90年代は、日本の写真家が海外でも注目を集めるようになった時期でした。東松照明、荒木経惟とともに、森山大道の名は世界的に有名になり、2012年にはイギリスのテートモダンでウィリアム・クラインとの2人展が開催されるまでに。

最近では、デジタルカメラで撮るようにもなり、『カラー』(2012年)などデジタル特有のビビットな色味までも自身のスタイルに取り込み、77歳の現在も、進行形で表現の幅を広げています。

 

次の世代の写真家たちに大きな影響を及ぼし、今もなお、最前線で写真を撮り続けている森山大道の作品をじっくりと味わってみてはいかがでしょうか?

今回で森山大道のお話は最後でしたが、ここで紹介した写真集はどれも、いつでも、めぐたまで手に取ることができます。美味しいご飯もご用意しております。

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8月の講座はお休みとなりますので、次回は9月になります。

講座テーマやお日にちはこちらのサイトで追って告知しますので、皆さま奮ってご参加ください。

今回もたくさんのご参加ありがとうございました!

 

写真/文 館野 帆乃花

 

 

 

 

 

 

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.14 森山大道の世界『にっぽん劇場写真帖』から『光と影』まで」講座レポ

6月20日に毎月の恒例イベント、連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」が開催されました。(今までの様子はこちら

めぐたまにズラリと並ぶ5000冊の写真集から、本の持ち主である飯沢さんが今回のテーマに選んだ写真家は「森山大道」です。

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森山大道は国際的にも名の知れた日本を代表する写真家の一人。77歳になった今でも世界中でスナップ写真を撮り続けています。今回は、その森山大道の初期写真をじっくり読み解いていきました。

森山大道といえば街の中を流れるようにさまよい、撮影していく「スナップ写真」が特徴的です。

飯沢さんは彼の生い立ちが「スナップ写真」という撮影スタイルに結びついていると説きます。1938年に大阪に生まれた森山大道ですが、父親の仕事の関係で引っ越しを繰り返し、居住地の定まらない幼少期を送っていました。

その生い立ちが旅と移動の撮影スタイルとなり、被写体をどこか突き放しているような鋭さと距離感を感じさせるのでしょう。

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また、彼の写真は力強いコントラストと構図によって、観るものを圧倒させますが、そのフォルムと骨格の強度は高校時代にグラフィックデザインを学び、デザインの仕事を手がけていた基礎力によるものと言えます。

1960年代のはじめに何のあてもなく上京した森山は、細江英公のもとで2年間アシスタントとして暗室作業を徹底的に叩き込まれた後、フリーの写真家として活動を始めました。

当時の写真家たちの登竜門、雑誌『カメラ毎日』の編集長・山岸章二に才能を認められ、「にっぽん劇場」などの連載を開始。『アサヒカメラ』でも「アクシデント」を発表します。

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そして雑誌の連載を写真集としてまとめ直したのが、デビュー作の『にっぽん劇場写真帖』(1968年)です。日本の土着的な湿っぽい感覚と高度成長期の都市の乾き切った感覚が混在する、当時の日本を詰め込んだような一冊といえます。

写真雑誌では連載が組まれ、写真集も発表した森山ですが、そのスタイルが世間に知れ渡っていくとともに徐々にスランプに陥っていきました。

1972年に発表した『写真よさようなら』は、写真を撮ることの意味を見出せず、それでも自分には写真しかないという葛藤がにじみ出ているようです。

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次回はスランプ時代とその先について。

この大スランプから抜け出すきっかけとなった『光と影』などを読み解いてきます。

第二弾からのご参加もお待ちしております。

【次回講座のごあんない】

飯沢耕太郎と写真集を読むvol.15

森山大道2 「 森山大道の再起」

7月19日(日)

10:00~11:30

料金 2500円(三年番茶付き)

学生割引 1500円(三年番茶付き)

定員 15名

場所 めぐたま

* お申し込み megutamatokyo@gmail.com

*たまにメールが届かないことがあります。3日以内に返信がない場合、お手数ですが再度メールくださいませ。

*前日、当日のキャンセルは準備の都合がありますので、キャンセル料をいただきます。キャンセルまちのお客様もいるので、キャンセルの場合は必ずご連絡ください。

ランチ

飯沢さんと一緒にランチを食べる方は事前にお申し込みいただけると嬉しいです。

休日ランチ1500円。

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写真・増田 岳穂

文・館野 帆乃花

 

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.13 荒木経惟を読む!Part4アラーキーの現在形」講座レポ

 

5月17日、夏のような日差しの日曜日に
月に一度の連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」が開かれました。

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めぐたまには5000冊以上の写真集がずらりと並んでいます。
すべて自由に読んでいただけますが、何しろ5000冊もあるので、
どれを手に取ればいいのかと迷ってしまう方も多いのではないでしょうか。
そもそも、写真を「読む」ってどうゆうこと?
と思われる方も多いはずです。

そこで写真評論家であり、本の持ち主である飯沢さんが
毎回テーマを決めて写真集を紹介しているのがこのイベント。

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13回目を迎えたこの日のテーマは「荒木経惟を読む!Part4アラーキーの現在形」
4回にわたってアラーキーこと荒木経惟を追ってきたこのシリーズも
今回で最終回となりました。(いままでの様子はこちら。)
最終回では、2000年代から現在までの写真集を見ていきます。
「写真の並びは小説だ」という荒木の言葉は、
写真集を「読む」手がかりになるはず。
荒木経惟は、現実に起こる出来事をどう写真におさめ、
本に編むのかを常に考えている写真家だと言えます。

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2000年代に入り、荒木の評価は世界的なものになっていきました。
評価が高まると同時に、荒木自身の表現の幅も広がりをみせ、
『緊縛写巻』(2006年)や『遺作 空2』(2009年)では、
写真に筆で色をのせたり、字を書いたり、
写真の上に別の写真や新聞記事をコラージュしたりと
「写真家」という枠に収まらない作品が現在進行形で次々と生まれています。

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『愛のバルコニー』(2012年)は
1982年から立ち退きを余儀なくされる2011年まで、自宅のバルコニーを撮り続けた1冊です。
妻との日常、妻と愛猫のチロを亡くした後の寂しげなバルコニー。
移り行くバルコニーの姿は荒木の心そのものでした。
同じ場所を撮り続ける定点観測的な撮り方は最新作の『道』(2014年)につながっていきます。
荒木は3.11以来自宅から見える道と東の空を撮り続け、その写真は『往生写集』(2014年)でも見ることができます。

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すでに400冊以上の写真集を発表している荒木ですが、
その勢いは衰えることを知らないようです。
シリーズ4回すべてご参加いただいた方や海外の方もいらしていて、
荒木の人気を改めて思い知ることとなった講座でした。

6月からは新しいテーマで写真集を読んでいきます。
次回もたくさんのご参加をお待ちしております。

【次回講座のごあんない】
飯沢耕太郎と写真集を読むvol.14
「森山大道の世界『にっぽん劇場写真帖』から『光と影』まで」
6月20日(土)
10:00~11:30
料金 2500円(三年番茶付き)
学生割引 1500円(三年番茶付き)
定員 15名
場所 めぐたま
* お申し込み megutamatokyo@gmail.com
*たまにメールが届かないことがあります。3日以内に返信がない場合、お手数ですが再度メールくださいませ。
*前日、当日のキャンセルは準備の都合がありますので、キャンセル料をいただきます。キャンセルまちのお客様もいるので、キャンセルの場合は必ずご連絡ください。

ランチ
飯沢さんと一緒にランチを食べる方は事前にお申し込みいただけると嬉しいです。
休日ランチ1500円。

写真/文 館野 帆乃花

「飯沢耕太郎と写真集を読むvol.12 荒木経惟を読む!Part3 2度目の大爆発90年代のARAKI」講座レポ

「写真の楽しさをおいしく味わえる」
そんな場所になるために、めぐたまでは月に一度、
写真集の持ち主である飯沢さんが「写真集を読む」という講座を開いています。

本を自由に読めるだけでなく、写真の味わい方を知ってほしい。
と、続けて来たこのイベントも4月19日(日)で12回目を迎えました。
(いままでの様子はこちら。)

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今回は、アラーキーこと荒木経惟特集の第3弾。
70年代、80年代と続いて、今回は90年代の作品を見ていきます。

バブル崩壊、昭和から平成へ。
90年代は1つの時代の終わりでありました。
そして、荒木にとっては最愛の妻・陽子の死という、大きな別れの時でもあったのです。

荒木は、この2つの「終わり」を力強く受け止め、写真を撮ることで次の時代へと投げ返していきます。
90年代に発表された写真集には大傑作と呼べるものが多く、
ネガティブな出来事でさえ、写真家としての原動力にしているような凄みを感じさせます。

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なかでも、妻・陽子の死を写真と言葉で綴った『センチメンタルな旅・冬の旅』は
「私写真家宣言」を打ち立てた荒木経惟の最高傑作と言えるでしょう。

淡々と、それでいて深い悲しみが滲む写真と、写真に添えられた言葉たち。

荒木の写真集は1枚1枚をパッパッと見ていくようなスピード感があるものが多いなか、
この『センチメンタルな旅・冬の旅』は鑑賞者が1ページ1ページを噛み締めていくように組まれています。

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それはまるで、荒木自身が、陽子との別れが近づく日々を噛み締めているよう。
陽子の死という個人的な出来事が、写真集をみる者に「愛する人の死」という普遍性をもって染み渡っていきます。
この本は「アラーキー=際どいヌード写真を撮る人」というイメージが大きく変わった写真集でもありました。

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彼の写真には常に性(エロ)と死(タナトス)が色濃く混在しており、
90年代に強まった「死の気配」に比例するように「性の気配」も強くなっていきます。
その代表作といえる写真集が『食事』と『エロトス』。
この2つは、被写体が持つ、性と死の気配をストレートに捉えた写真集といえるでしょう。

ここではじっくり紹介できませんでしたが、
講座では他にも『平成元年』『冬へ』『センチメンタルな旅・春の旅』『東京ラッキーホール』『遠野小説』などの写真集もみていきました。

気になる方はぜひ、めぐたまに遊びに来てくださいね。

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荒木経惟特集は次回のPart4で最後になります。
次回もたくさんの参加をお待ちしています!

【次回講座のごあんない】
飯沢耕太郎と写真集を読むvol.13
「荒木経惟を読む!Part4」
5月17日(日)
10:00~11:30
料金 2500円(三年番茶付き)
学生割引 1500円(三年番茶付き)
定員 15名
場所 めぐたま
* お申し込み megutamatokyo@gmail.com
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*前日、当日のキャンセルは準備の都合がありますので、キャンセル料をいただきます。キャンセルまちのお客様もいるので、キャンセルの場合は必ずご連絡ください。

ランチ
飯沢さんと一緒にランチを食べる方は事前にお申し込みいただけると嬉しいです。
休日ランチ1500円。

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写真/文 館野帆乃花